密の鰺 第六章 石油王との宴
シャルル・ド・ゴール空港につくと、私が着ていたダナ・キャランのパンツ・スーツと同じ、白色のロールスロイスリムジンが待っていたの。初めてのストレッチタイプの乗り心地は抜群なんだけど、車が市街地から郊外に向かうにつれまた恐くなってきちゃって。おまけに一緒に同乗した厚化粧の秘書は押し黙ったまま、なーんもしゃべんないから余計無気味。
でもシャトーが見えてくるとあんまりにも綺麗なんで、ちょっとはしゃいじゃったわ。「ダーリン」って相当の金持ちね。なんせベルサイユみたいな門から建物まで、車で10分はかかるぐらいの距離なの。門から建物が見えないくらいなんだから。中もゴージャスそのもので、赤絨毯敷きの階段を上がって通された大広間には、国宝級の絵画が壁に並んでたわ。
早速、そこで待たされたんだけど、さすがにこんなところで一人で待たされると、私だって落ち着かないわ。まして「ダーリン」とここで御対面になるのかどうか、そんなことも聞く暇もなかったから。私、今までこんなに自分を見失ったことってなかったのに。時間の感覚すらも無くなってきて....しょーがないから呼び鈴を鳴らして秘書たちに来てもらったわ。もー、どーにかして!って泣きを入れるつもりだったんだけど、秘書達のしゃちほこぼった姿を見たら、やっといつものペースに戻れた感じ。彼らに「シャワーを浴びる時間はある?」ってリクエストを出したの。そしたら御対面まで1時間半ぐらい時間はあるってことで、部屋に通されたわ。
このゲストルームも一流ホテルのプレジデンシャルスウィートクラスの部屋で、ルイ14世時代の調度品など豪勢な作りなのよ。お風呂の湯量もヨーロッパにしてはふんだんに出て、さすが細部まで凝ってるって感じかしら。取りあえずリラックスしようとするんだけど、緊張してとても無理。こんなとこまで来たのはいいけど、無事帰れるのかしら...せめてパパやママには一言残したいわ....思い立って秘書に「電話をかけたい」って言ってみたけど、ダメだって。
そんなうちに身繕いをしなきゃいけない時間になったの。混乱して何を着れば良いかも決めきれなかったんだけど、結局、赤い爪が好みの男なら紫の服が好きだろうってとこでフォーマルすぎない紫にしたの。
紫っていうのは気迫と緊張がなきゃ着れない色よね。考えてみれば今日みたいに緊張する日なんてもうないはずだわ、と思うと少し気が楽になったような気がする。
その服はブラジャーは付けられないデザインなので、下にはパンティとガーターのストッキングにしたわ。勿論、これはお相手がいつ「いらっしゃっても」大丈夫な様によ、ふふ。恐らく聞いた感じ、「ダーリン」はこーゆーのが好きなはず。
すっかり身支度を終えた頃に、男の秘書が迎えにきたの。そうそう、最後の確認で聞いておかなきゃ。
「これから行く部屋の壁の色は何?」「壁?」
「私のドレスとの配色があるじゃない!」
そしたら「そんなことは考えなくていい」だって。お願いだから自分の知ってる事以外は聞くなって感じ。この男に機転を期待してもしゃーないのね。
こんなことをしてる内に迎えの執事が現れたんで、いよいよ御対面の場まで案内してもらったわけ。蝋燭を片手に掲げた執事の先導で、再び大理石の長い廊下を抜けて螺旋階段を降りたら、今度はさっきとは違う大広間に案内されたの。今度の部屋はレトロ・モダン調かしらね。促されて優雅な猫足の椅子に座ったはいいけど、天井はドーム状だし、辺り一面シーンとしちゃって。そう言えばいつぞやパーティで逢ったとあるV.I.P.にこんなのとを聞いたことがある。
「海よりも大きい鯨はいない、山よりも大きい熊はいない」
つまりなるようになるってことよ。出発して以来、頭ん中ぐちゃぐちゃだったけど、この言葉をふと思い出して、よーやくピッとなった感じ。そう、城より大きい城主はいないのよ。
やがて何人かの足音が近付いてくるのが聞こえたの。さて、最初の御対面、どーゆー風な顔をすればいいかしら?って思いつつ何気なく頭を上げたら、もう「ダーリン」は広間に立ってたの。車椅子だって聞いてたんだけど、その時は両脇を男の人に支えられながら歩いてたわ。白いシャツの胸に赤い薔薇を挿して、髪の毛もきちんと整えて。私が立ち上がって挨拶をしようとすると、片手でやんわりと制止されたわ。「ダーリン」も椅子に座ると、また広い部屋の中がシーンとしちゃったの。
なんで「ダーリン」と呼ばせたいのか、聞いた時は謎だったけど、実際この目でみるとこのおじいちゃん、きっと洒落でそう呼ばせたかったのね、と思ったわ。アメリカ企業で今世紀最大のグループ総帥という肩書きは抜きに女と遊びたい、ってとこなのかしら?胸の赤い薔薇も粋よね。
でも気持ちが若くったって体は無情に老いてくもんねぇ。そんな哀れみを感じたら、以後はすごくリラックスできたわ。会うまではどんな怪物かとビビってたのがウソみたい。こんなヨボヨボなのに、それでも女がを前にダンディズムを保とうと頑張るなんて、まー人間の底力って偉大だわぁー。
取りあえず食事ということで、テーブルが運ばれてきたの。こんな体だからフォーク使いは不自由そうだったけど、私に色々気を遣ってくれて中々チャーミングな感じ。人間、死ぬ最後の瞬間まで男でいたい!と強く願えばそれは人となりに出てくるわよねぇ、尊敬するわ。
「シルクは好きですか?」とダーリン。私がはい、と答えると「僕はシルクがとても好きなんです。」だって。「女性はゴージャスでグラマーであるべきです。僕はそういう女性が好きだし、そーゆー女性がいることで僕も長生きできる。」
そうか、こんな金持ちだって一人では生きてけない。誰かの力を必要なことだってあるんだわ。私がなんかお手伝いすることで「ダーリン」が少しでも長生きできるってゆーなら、私、なんでもしてあげちゃう!
ハッキリ言ってここにくるまでは、SMのお相手させられるんじゃないかとか、何をリクエストされるかって中身ばかり気になってたけど、そんなことにこだわってたなんて私もまだまだ小物って感じね。次どうなるなんて考えあぐねる必要はなかったのよ、ホント。
おやすみの挨拶をする時、ダーリンは両脇を抱えられながら、胸の薔薇を私に差し出してフランス式のキスをしようとしたの。私はダーリンがキスしやすいように寄ってあげたんだけど、見てて涙がこみあげてきちゃって........。嬉しいのか悲しいのかよく分からないけど、部屋に戻った途端に大泣きしちゃったわ。
その晩は変な夢をみたわ。過去のことがすごくリアルに蘇るの。ダーリンが興奮していきなりベットに入ってくる夢もみた。そこに「ブロック」が来て「オレと帰るんだ!」なんてやるから訳わかんない。そう、ママが出てきて「巧くいったら私にもお金ちょーだい。」なんてシーンもあったわ。
目がさめたら、私のベットサイドに見覚えのない花瓶が置いてあった。私の寝てる間に持ってきたんでしょうけど、まさか寝姿を写真に撮ったとかじゃないわよね?でもあの「ダーリン」ならそんなことないか。
ダーリンに逢うのはまた夜だし、さて今日はどーしよう?時間はたっぷりあるけど外出は禁止だし、本も読む気になれないし....。仕方ないから領地内を散歩してみたんだけど、なにしろ広大な敷地なんで鹿とか色々と動物が出てくるのよ。ちょっと恐くなって、城に戻って男の秘書に熊が出るか聞いてみたの。「取りあえずいないと思う」なんて言い方だったから問い詰めたら「一応、聞いてみます。」。
この人、ちょっと分かんないとすぐ「聞いてみます」なんだもん。ワンパターンってゆーか、少しは自分で考えられんのかって感じ。
Mr.「聞いてみます」に一番参ったのはその日の夕食に関する申し渡しの時。「実は恭子様にリクエストがあるそうです。」「今日のディナーは下着無しで来て欲しいそうです。」って申し訳なさそうに言うの。私にしちゃ、そんなの何でもないことなのにMr.「聞いてみます」にしたらえらいこっちゃ!って感じなのかな。
「それからどうするの?」「私はそこで下がりますので....。」「それ、どーゆーこと?」「分かりません。」「もしその後のことで私がイヤだって言えば、家に帰してくれるの?」「聞いてみます。」
彼の場合ホントにダメならできません、って言うんだから「聞いてみます」って言うことは選択の余地があるってことかしら?
「全部、恭子様にお任せするとのことです。明日帰りたいのであれば明日のチケットをお取りします。」
これは日本にいるおじいちゃんの指示みたい。好きなように良いって言ってくれるなんて、いい人だわ、おじいちゃんって。
勿論「ダーリン」の希望通り、私は下着無しで夕食を終えて、その場で好きなようにさせてあげたの。言われるままに立ち上がって裸になってあげたら、「僕のも脱がせて...。」っていうので上のシャツだけ脱がせてあげたの。
「目隠しをして。」
私は素直に従って、ダーリンの横に座ってされるがままになったわ。ダーリンが私の体を触るんだけど、病人だからか指先に生気がなくてタコかエイリアンが触ってるみたいな感触。後ろに付き添いの人たちが控えているせいか、自分のを触って欲しいとはリクエストされなかったわ。昨晩、シルクが好きだって言ってたけど、要するに東洋人独特の肌触りがお好みってことみたいね。んで、触るだけで入れられないというもどかしさが興奮するんでしょう、きっと。
私はそれだけじゃ勿論、我慢できないんだけど、目隠しされて触られると皮膚の感覚だけが突出して、そこから自分がエロっぽいことをいくらでも膨らませて想像できるってことも十分刺激的。宗教画がたくさん飾られた古城の広間で、生まれたままの姿で目隠しをされ囚われているって状況だけで興奮しちゃう。
こうゆうエキサイティングなことが、人の生命力を活性化させるのよね。きっとダーリンも女にそういう役目を望んでるのよ。回春剤っていっちゃ元も子もないけど....。
それにしても、こうゆうリクエストに答えられる女だとまで見抜いて私を選んだとしたら、あの日本にいるおじいちゃんは相当な目利きね。でも、こんなお預け状態なスタイルを好む男と私が結婚生活できるなんて、マジで考えてるのかしら?
第6章 終わり