密の鰺 第五章 老紳士との出会い

ある日、サンローゼ赤坂で買い物していたら、なんか背中に人の視線を感じたの。視線っていってもよく受ける賞賛の視線じゃなくて人を点検するようなヤツ。身に覚えもないんでほっといたら、その視線の主がアーケードの入り口で待ち受けてたのよ。男女2人で男はもうおじいちゃん、女はその秘書って感じで3〜40代ってとこかしら。にこにこしてこっちを見てるから目を逸らしたら、話し掛けてきたの。「私、急いでるから...。」ってシカトしようとしたら「では機会を改めて。是非お話したいので。」なんて名刺を出してきたの。見たらさぁ、色々と世間をお騒がせした社長の名前があるじゃない。あー、このおじいちゃんが例の政治献金とかした人なんだぁ、と思ったらこっちも無意識に名刺出してたわ。
「じゃあ、電話します。」って言われて翌日には連絡があったの。どー考えても私の会社の話ではなさそうだし、絶対逢って話したいみたいだしぃ。実際次の日には私の会社にまで来ちゃってぇ....外出先から戻ったら社長室に通されて待ってるのよ。あんな有名な人だから、社員も何事かとそわそわして大変。

早速社長室に行っておじいちゃんと対面したわ。その日はおじいちゃん一人。ステッキとトレードマークの蝶ネクタイをしてニコニコしてるのよ。挨拶もそこそこに色々聞いてきた挙げ句「3000万ぐらいで時計をいくつか欲しい。」なんていうの。うちは卸しだから個人はちょっと...って断ったら、倍出してもダメか?って。それでも断ると、そうですかぁ...みたいな感じで。どうも用件は商談ではなさそうなのよ。

やがて「あなたが独身なら、折り入って話したいことがあるのですが....。」って、ゆっくりと要件を切り出し始めたの。「実は私の友人で結婚したい人がいる。」え〜!お見合い?ハッキリ言って結婚なんて興味ないけど、これだけの大物が持ってくる見合い話となれば話は別よ。それも挨拶代わりにうちの商品に3000万使おうってまでの話って一体何?ドキドキしちゃう。
「結婚したいっていうのはどんな人なんですか?」
「80代の人です。あなたならそこら辺は汲んでいただけると見込んで話しにきました。」
「で、どんな感じの人でしょう?」
「僕みたいに素敵なジェントルマンです。」
あらあら、自分でこんなこというなんて...でも嫌味はないので許すか。しかし回りくどい言い方するわよねぇ。相手がじじぃだっていうんで切り出し方を考えてるのかしら。そんな気づかい、私みたいにおじいちゃんもOKな人には無用なのに。大体この人が世話しようなんて動くとこからすると、相手も同じぐらい大物でしょ?それを年寄りだからってだけで嫌がるはずないじゃない。
「また席を改めてお話しましょう。」
そんなお預け喰らわないで、そんな重要な話ならこの場で聞きたいわよぉ。「ヒントぐらいくれないと、改めてなんて出かけられないわ!」って抗議したら、相手がアメリカ人の資産家で3桁の億ぐらい持ってるってことを教えてくれたの。
それって表向きの額か総資産か...あー、もうそんなことどーでもいいわ。そんな額になるとさすがの私も想像つかない!よーするにすげー金持ちで独身の年寄りがいて、彼と結婚できたら遺産は全部私のものになる、ってことでしょ。戦後から高度成長時代に暗躍した超大物がこんな話を私に持ってくるなんて.....すごい!面白そうよ、絶対!

おじいちゃんが帰ってから考えたわ。もしこの話に乗って結婚できなかった場合、私はどうされちゃうんだろうって。外国に連れてかれてそれっきり、なんてことになるのかしら?いや、それってあり得るわよ。でも絶対面白い。向こうは私が引くどころかこうやって食い付いてくるのもお見通しなんでしょうけどね。
でも更に話を聞く前に、ちゃんと下調べもしておかなきゃ......まず私はおじいちゃんのデータ収集をしたの。

それから1週間後、オータニのティールームで再会したわ。一応、バックにテープレコーダーを入れて会話を録音するのも忘れずにしたわ。
改めて話を聞かせろって切リ出したら、この話に興味あるんだねって念押しされたの。当たり前じゃん、興味なきゃこんなとこまで来ないって!って言ったら喜んじゃって。私なら絶対そうくると一目見て分かってたって。
んな訳ないわよねぇ〜。絶対、私の身辺を調査してたに決まってるじゃん。こんな話、へたな女に声かけてマスコミに流されたら大変だもん。
おじいちゃんの話によると、相手は石油王のひとりで資産は880億円、高齢で体の具合はかなり悪いらしい。んで、これまでにもハリウッドのスター女優が5人ぐらいお見合いしてるってこと。彼と結婚したとして死ぬまでの日数で資産を割ると、1日50億。悪くはないわ。

「ところでなんで私を?そんな女優さんたちもダメだったのに私が結婚できるとは思えないけど。日本人とか東洋人フェチってことなんですか?」
「それは話が決まったら話しましょう。」
............。さすが大物と言われるだけあって、肝腎なとこでは慎重、目つきも鋭いわ。
「で、どこで会うんですか?」「パリ郊外の古城です。」ふ〜む。なんか話が浮き世離れしてるわぁ。
「もしその人と結婚できないとなっても、私にメリットはあるんですか?」「勿論。」
もう、このおじいちゃんの言う事を信じるしかないみたい。まあ、ギャラのことは今言う話じゃないわね。
でも気になるのは、なんで他の女性が全滅だったかってことよ。やっぱ向こうが求めてる条件になんかあるんでしょーね。アブノーマルってことなのかしら?まあ、どっちに転んでも私が損する点はなさそうね。

「あのー、これって私がお見合いすることでそちらもメリットがあるんですよね?」
「答えないと行けないですか?」「できたら。」「間に入ってるのが僕の友人でして....。」とおじいちゃんが挙げた名前はアメリカの不動産王Mr. D.T.。ほほー、つまり石油王の見合いを不動産王が仲介するのに、向こうに進出したい日本企業が絡んでると。要するに私はビジネスを成立させるための道具ってことね。
ならば確かにこの役に私をチョイスしたのは正解よ。普通の女ならこんな桁外れな話、ついてけないもの。

「あなたは60の老女の賢さと10代の子の純粋さを持っている。....そしてどんな障害も自分でプラスにする力がある。」だって。なんか私の過去なんて見透かされているみたい。
「僕の時間は5分で1000万です。早く返事をして下さい。遅れるということはつまり断るということになります。」なんかだんだん言葉にも凄みが出てきてる。やっぱただ者じゃないわ。

その夜、私は色々考えてみたの。ハッキリ言って気持ちは行く方に傾いてる。でも行って何が起こるか、危険な目に逢う可能性だってある。しかしここでいくら考えたって、行ってみないことには一体どうなるのか分かるはずもない。分かりたかったら行くしかない......これは自分の命を賭けた人生勉強だと思えばいいのよ。結論は出たわ。

次の面談は東京会館のフレンチレストランでしたの。私はほとんど正装に近いワンピを着ていったわ。おじいちゃんも私を見て返事はOKだと悟ったみたい、とても満足そうにしてたわ。確認は簡単に「行くんですね?」とだけ。でもこれで十分。なんか二人とも秘密指令を抱えてるスパイみたいな感じ。
食事をしながら30分ほどで会談を終えた後のことは何も覚えてないの。気がついたら家に帰ってた。よく考えたらいつ出発とか、具体的なことは何も聞いてなかったけど....乗りかかった船だわ、慌てる必要はないわよね。
おじいちゃんに最初に声をかけられてから1カ月弱。こんなに刺激的なことはブロック以来かしら。人生、こうじゃなくちゃ!

出発は2週間後となったの。私もそんなに長い間、会社を空けてられないから2週間以内の予定にしてくれる様言ったわ。さすがにおじいちゃんはあの老体でフランスまでついて来れないから、代わりに秘書の人、男女一人ずつ付けてくれることになったの。

この秘書が曲者で、なんでも申し付けてくれって言う割には、あーしろ、こーしろと注意事項ばかりなのよ。おまけにその注意事項、私が色々頑張ってもなかなか変更不可というか。なんせ注意事項というのが紙5枚分ぐらいあって、相手をダーリンと呼べだとか思わず笑っちゃうようなこともあっるの。でも秘書さんは忠実に業務をこなしてる訳だから茶化しちゃ悪いわよね。
それにしても規則嫌いな私に、次から次へと注意事項を申し渡されるのも堪ったもんじゃないわ。悪いけど基本的には単なるお見合いで、たまたま相手が年寄りってことだけじゃない。そんな堅苦しくいかなきゃダメなの?って抗議したら「大変大事なことなのです。」だって。ダメだ、こりゃ。
他にも「爪と口紅は赤にしろ」とか「素顔の写真を出せ」とか....「それって大事なことなの?」って聞くと「後で相談してお答えします。」だって。面接官みたい。

私からも荷物をどれぐらい持っていって良いか、って確認で聞いてみたの。私は旅先でも朝昼晩着替えをするし、ディナーのドレスも多いから、エールフランスのファーストを使う時も追加料金が必要なことがあるんだ。いくらでもOKとのことでそれはよかったけど、その後「で、お支度のことですが....。」って支度金としていくら欲しいのか聞いてきたの。
これにはちょっと迷ったわ。1000万もあれば宝石以外の物は揃えられるけど、1億なんていったらなんでそんなに必要か?って言われるはず。こっちの経済状態なんて向こうは調べ済みなはずだから、そこら辺から妥当な額は指示されてると思うのよね。秘書がそばに置いた茶封筒の厚さからみると1000万ぐらいかなってとこ。これを受け取っちゃうとそれで済む女と思われちゃいそうだから、支度は自分で用意するからいらない、って言っちゃった。

行きの飛行機の中ではほとんど眠れなかったわ。飛行機は美容に良くないから、いつもは絶対寝ちゃうのにね。出発する前はエキサイティングな気分を楽しんでいたのに、いよいよとなると不安の方が先立っちゃって色々考えたわ。例えば「ダーリン」と会えず仕舞で古城見学しただけで終わっちゃったら...そうなるなら幾らでも支度金貰っちゃってた方が良かったかなとか。あとはホントに無事に帰ってこれるかとか。
因みに今回の事、妹の晴栄には全て言ってあったわ。で、万が一の場合、録音した会話のテープを警察に出すようにって..........。

第5章終わり

第6章 石油王との宴

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